相続税の原則的な評価ルール

相続税の原則的な評価ルール

総則6項について説明するに当たり、そもそも、相続税の計算において、相続財産がどのように評価されるのか、原則を確認しておきます。

相続税法における財産評価の考え方

税は「担税力」に課されるとされています。「担税力」とは、税金を負担する力を意味しますが、国内で課税される税金についてみると、大まかには、以下のように分類されます。

  • 「所得」に担税力を求める税金 → 所得税、法人税など
  • 消費に担税力を求める税金 → 消費税、ガソリン税、たばこ税など
  • 財産に担税力を求める税金 → 相続税、贈与税など

相続税は、相続によって無償で得た財産に担税力を見出し、課す税金です。そして、納税者に、公平な課税をするためには、その相続財産について、どれだけの税を負担してもらうか、公平で統一されたルールに基づいて評価される必要があります。

相続税法22条では、相続財産の評価について、以下のように定めています。

第二二条 この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
出典:e-Gov「相続税法第22条」

すべての財産は「当該財産の取得の時」における「時価」で評価する、すなわち、その「取得の時」における「時価」に担税力を求めるということです。さらに、財産評価基本通達1項は、この相続税法22条の時価の意義を、次のようなものであるとしていますが、これは「客観的交換価値」を意味すると説明されます。

財産評価基本通達第一章 総則
一(2)時価の意義
財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。

しかし、財産によっては、市場において不特定多数の参加者によって形成される「客観的交換価値」の存在しないものもあります。現金や預貯金であれば額面通りに評価すれば事足りますが、それ以外の財産は、時期や状況によって価値が変わり、そもそも非上場株式のように市場に出回らない財産も多く存在します。財産の「値打ち」を評価する方法は様々で、一概に「時価」といっても、その算定には困難を伴います。
とはいえ、課税の実務においては、同じ状況にある人に対しては同じ税負担が課されることが求められますし、そうでなければ、憲法14条に置かれた平等原則にも反してしまいます。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
出典:e-Gov「日本国憲法14条」

憲法14条の平等原則は、当然、税にも適用され、「租税公平主義」と呼ばれます。租税公平主義を実現するためには、あらゆる種類の財産の「時価」を算定する、公平で統一されたルールが必要となります。

そこで登場するのが、相続税の「財産評価基本通達」です。

財産評価基本通達とは?

財産評価基本通達(以下、通達)は、国税庁が、相続財産を評価するための決まりを定めた通達です。

出典:国税庁「財産評価基本通達第1章 総則1」

相続財産は相続税法22条に基づいて「時価」で評価されると規定され、その時価はすでに見てきた通り「客観的交換価値」であると通達で明らかにされていますが、その具体的な価額は「通達の定めによって評価した価額」による、という建付けになっています。

通達では、植物、機械、貴金属、家財といった動産から、土地、建物、権利、無形物といった財産に関する評価の基準や方法が規定されています。

通達は、あくまで上級行政機関である国税庁が下級行政機関である国税局等に対して出した「指針」に過ぎず、法律ではないのですが、実務においては、国税当局も、税理士も、納税者も、あらゆる税の関係者が、この通達に従って相続財産の時価を算出することを原則としています。

総則6項とは?

総則6項とは?

相続財産の価値を算定するための原則を確認したところで、改めて、今回のテーマである「総則6項」について、見てみましょう。

総則6項は、相続財産を評価するに当たってのルールを定めた法令解釈通達の総則に置かれた規定です。

6 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
出典:国税庁「財産評価基本通達第1章 総則6」

ここでいう「通達の定め」とは、先ほど出てきた通達の総則1項にある「その価額(時価)は、この通達の定めによって評価した価額による」という部分を指します。

通達では、一定の相続財産について、その算定ルールを細かく定めています。しかし、それでも通達は万能ではないため、通達の規定をそのまま用いると、逆に、本来の目的である「同じ状況にある人に対しては同じ税負担を課す」という平等原則に反してしまうというケースが起こりうるのです。

ルール通りに評価することが「著しく不適当」なのであれば、それ以外の方法によって評価する場合があり、そこで登場するのが、総則6項というわけです。

総則6項は「税額の減少」を要件としていない

税法には「否認規定」と呼ばれるルールがあります。明確な定義があるわけではありませんが、要件に合致した場合に納税者の税務処理を否定できるという規定を指します。税法に規定された否認規定には、以下のようなものがあります。

  • 法人税法132条「同族会社等の行為又は計算の否認」
  • 法人税法132条の2「組織再編成に係る行為又は計算の否認」
  • 法人税法132条の3「通算法人に係る行為又は計算の否認」

例えば、法人税法132条の「同族会社の行為又は計算の否認」では、「容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるとき」について、当局側で法人税額等を再計算できると定めています。他2つも同様に、「不当な税額の減少」を要件としています。

一方、総則6項は、「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」について再計算を認める規定です。そこにはプラスの意味もマイナスの意味もなく、ただ通達のルールに沿って計算した評価額が著しく不適当であれば再計算をする、という意味しかありません。

総則6項においても、納税者の相続税対策を否認するケースのみが問題となることから、前述した3つの規定と同様に、納税者の租税回避行為による税額減少を抑制するためだけに作られた制度だと捉えられがちですが、そうではないということは、この規定の本質的を理解するうえでは重要だと思います。

ただ、相続税の申告の実務において、総則6項が注目されるのは、納税者の相続税対策によって税額が減少するケースとなっているのは事実です。

規定を読めばわかるとおり、その適用基準は「著しく不適当」としか書かれておらず、その適用にあたって明確な判断基準が存在するわけではありません。そのため、納税者が行った相続税対策が「著しく不適当」であるかどうかで、国税当局と納税者の見解が対立する例が後を絶ちません。

「ふたつの時価の乖離」と「特別の事情」

「ふたつの時価の乖離」と「特別の事情」

憲法14条で定める平等原則を実現するために、総則6項は置かれました。では、具体的に、平等原則に反するケースとは、どのような場合を指すのでしょうか。

ここで、総則6項を巡る裁判で頻出する、以下の2つのキーワードを押さえておきましょう。

  • 処分可能価額としての時価と、通達の評価に基づく時価の乖離
  • 特別の事情

具体的に裁判例を見ていく前に、この2つのキーワードについて、確認します。

「ふたつの時価の乖離」とは

総則6項によって納税者の相続税の節税行為が否認されるケースでは、必ずといっていいほど「処分可能価額としての時価」と「通達の評価に基づく時価=評価額」との著しい乖離が問題とされます。

まず、ここでいうそれぞれの「時価」について、しっかり意味を認識しておく必要があります。

まず、「処分可能価額としての時価」は、実際に市場で処分される場合の取引価額を指し、「通達に基づく時価」とは、通達のルールに沿って評価した価額を指すと理解して概ね問題ありません。財産評価基本通達の総則1項では、「財産の価額は、時価によるものとし、(中略)その価額は、この通達の定めによって評価した価額」とあるため、混乱しそうになりますが、総則6項を巡る裁判等においてこれらふたつの時価の乖離の問題は、「実際の処分可能価額と、通達のルールに沿って評価した価額の乖離」を意味します。

その上で、なぜ「処分可能価額としての時価」と「通達の評価に基づく時価」との間で乖離が生じるのかといえば、そもそも通達の評価額が実際の処分可能価額とイコールになることを目指していないからです。

例えば、1億円の現金を持っていれば、その評価額はそのまま1億円ですが、処分可能価額1億円の不動産を持っていた場合、その不動産を通達に定める方法により評価した場合の評価額はおおむね7,000~8,000万円程度となります。この差が生じる背景ですが、通達による評価には次のような政策的な配慮がされているからと説明されます。

税負担の安定性 市場価格は、需要と供給によって大きく変動し、短期間で極端に上下する可能性があるため、税額を市場価格に連動させると、安定性を損なう恐れがある。
実務の簡便性 不動産は、様々な要素により、同じ地域でも物件によって価格が異なることを踏まえ、統一的な基準を設けることで、税額を簡便に算出できるよう設計されている。
政策的配慮 市場価格そのままで税を算出すると、税負担が過大となり、不動産を保有することが困難になるケースが続出するため、意図的に市場価格より低い基準を採用している。

また、相続税法22条の時価は、客観的交換価値を指しますが、通達により評価した評価額がこれを超えた場合には、「違法な課税処分」ということになりますので、評価の安全性の面からも実務では保守的に評価がなされます。

このような理由から不動産に限らず、現金・預貯金を除く様々な財産について、様々な理由によって、「処分可能額としての時価」と「通達の評価に基づく時価=評価額」には、少なからず乖離が生じます。

このような通達による財産評価のルールを利用した相続税の節税行為を実行した結果、実際の処分可能価額と通達に基づく評価額の乖離が大きくなったような場合には、国税当局と納税者の間でその財産の評価について、見解の相違が生まれることがあります。

国税当局と納税者側の見解が対立する理由

総則6項を巡り、国税当局と納税者側の見解が対立するケースでは、市場により時価が形成されない財産の評価額が実際の処分可能価額と見込まれる金額と差額が乖離する場合があることに加え、国税当局と納税者側の課税の公平性に対する捉え方の違いも、その対立の原因となっています。

同じ状況に置かれ、同じ担税力を持つ納税者は、同じ課税がされるべき、という考え方が、租税公平主義の基本的な発想です。

財産評価基本通達は、この租税公平主義を課税実務として実現するために設けられています。納税者にしてみれば、その通達のルールに従って申告・納税をしているのだから、そのルールを設けた国税当局が、それを否認するのは公平ではない、と主張することには一定の合理性があるといえます。

「特別の事情」とは

近年の、総則6項を巡る一連の裁判において、非常に重要なキーワードが「特別の事情」です。

というのも、当局による総則6項の適用が裁判所に認められるかどうかは、最終的には、この「特別の事情」の有無が、その判断の基準となっているからです。

「特別の事情」とは、明確な定義のある法律用語ではなく、総則6項を巡る裁判で使われる言葉で、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を指します。さらに詳しくいえば、「ほかの納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」です。

前述したように、総則6項はもともと、通達の評価ルールをそのまま用いると、逆に本来の目的である「同じ状況にある人に対しては同じ税負担を課す」という平等原則に反してしまう、というケースを想定して設けられた規定です。

つまり、この平等原則に反する事情があるのであれば、総則6項の適用が認められるとするのが最近の裁判の傾向です。

これは、単純に税額が減少しているとか、納税者の行為によって処分可能価額と通達評価額が乖離したなどの外形的な要素によってのみ、決まるものではありません。

その行為や相続税対策が、租税負担の公平に反しているかどうか、「特別の事情」があるかどうかが、総則6項の適用可否の判断要素となります。

参考:税務大学校論叢「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について-裁判例における「特別の事情」の検討を中心に-」

総則6項を巡る過去の裁判例

総則6項を巡る過去の裁判例

総則6項には、明確な適用基準が示されていません。そのため、「適法な範囲内での相続税対策である」と主張する納税者と、「課税の公平性を著しく損なう」として適用の妥当性を主張する当局の間で、争いが起きています。両者の対立が司法の場に持ち込まれるケースもありますが、 それらの裁判例でも、当局の主張が認められたものもあれば、当局による是正を認めなかった場合もあり、司法判断も個々の事情によりケースバイケースとなっています。

では、具体的な裁判例を基に、どのような場合に総則6項が適用されるのかを、見ていきましょう。

最高裁令和4年4月19日判決「札幌タワマン裁判」

近年続く、総則6項関連の判決の第一弾ともいうべき事例です。

90歳を超えた被相続人が、マンション2棟をそれぞれ8億3,700万円(うち銀行借入6億3,000万円)、および5億5,000万円(うち銀行借入4億2,500万円)で購入し、数年後に相続が発生。相続人は通達の評価ルールに従って両マンションを評価し、相続税額を0円で申告したのち、マンション1棟を5億1,500万円で売却しました。総則6項を適用した当局と、納税者が主張する通達評価額との金額の隔たりは、約9億3,000万円にも及びます。

納税者と国税当局のそれぞれの主張および裁判所の判断は、以下のとおりです。

納税者(原告)の主張

財産評価基本通達の定める方法により、マンションの価額を評価して相続税の申告をしており、相続税法22条に規定する「時価」を満たし、総則6項を適用される理由がない。

国税当局(被告)の主張

マンションの通達評価額と、実際の取引価額には著しい乖離がある。通達が定める評価方法を画一的に適用するという「形式的な平等」を貫くことが、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害している。

被相続人が90歳の年に行われた養子縁組や、信託銀行の提案に基づいて行ったマンション購入資金の借り入れといった一連の行為は、本来負担すべき相続税を免れるためのものだった。このような相続税対策を行わなかった他の納税者との間で、租税負担の公平を著しく害し、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反している。

裁判所の判断

銀行からの借入金を原資とするマンションの取得は、納税者らが近い将来に相続が発生することを予想し、相続税負担を免れるために企画実行したものと認められる。

通達評価額を形式的にすべての納税者に用いるという「形式的な平等」を貫くと、マンション購入や借り入れを行わなかった他の納税者との間で、看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきで、総則6項を適用する「特別の事情」があるといえる。当局の鑑定評価額の適正が認められる以上、当局の更正処分は適法である。

ただし、評価通達は相続財産の価額の一般的な方法を定めたものであり、当局がこれに従って画一的な評価を行っているのは公知の事実であることから、特定の納税者だけにのみ総則6項を適用するのは、たとえ評価額が時価を下回っていたとしても、「特別の事情」がない限り平等原則に照らして違反である。

このように、判決では、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反する場合は、総則6項を適用する合理的な理由に当たる」として、「特別の事情」があると認め、当局の主張を認めました。

ただし、一方で、時価と評価額の著しい乖離のみでは、総則6項を適用する「特別の事情」に当たらないと当局に釘を刺した点で、画期的な判決といえます。

出典:裁判所「相続税更正処分等取消請求事件(令和4年4月19日)」

東京地裁令和6年1月18日判決~東京高裁令和6年8月28日判決「仙台薬局事件」

裁判で総則6項が退けられた初の事例が、いわゆる「仙台薬局事件」です。

被相続人が経営する非上場会社の株式の売却によるM&Aを進めていたところ、相続が発生。その後、このM&Aの交渉を引き継いだ相続人により、株式の売買契約が締結され、相続人が通達に従って株式を評価して税務申告を行ったところ、当局が総則6項を適用して否認した事例です。納税者が申告した株式の評価額と、当局が再計算して算出した評価額には、約10倍もの乖離がありました。

納税者(原告)の主張

「札幌タワマン裁判」判決によれば、総則6項を適用するためには、通達評価額と鑑定評価額との著しい乖離を納税者が作為して生み出したことが必要である。本件では、被相続人も相続人らも通達評価額と株式価値算定報告書における報告額との乖離を作為のもとで生み出していないから、更正処分は平等原則に違反する。

株式譲渡契約の締結や、売却価格と譲渡予定価格が同額であることは相続後の事情によるもので、相続開始時点ではこれらの事情を考慮することはできなかった。また譲渡予定価格には多額のシナジーが含まれており、その金額も明らかではなく、相続発生時点では株式譲渡契約が成立していない以上、これをそのまま通達評価額と比較しなければならないとすることの方が不合理である。

国税当局(被告)の主張

「札幌タワマン裁判」は、納税者の行為によって相続税額が大きく減少したこと、租税負担の軽減を意図したためであったことを、総則6項を適用するための必須の要素とは判示していない。

相続発生のタイミングでは、すでにM&Aが成約する蓋然性は相当程度高かったと認められ、現に、約1ヵ月後には株式譲渡契約が締結されている。

本件株式を評価通達の定める方法によって評価すると、相続税の課税価格の合計額が約20億4,000万円、相続人の相続税額がそれぞれ約2億5,420万円も減少し、相続人らの相続税の負担は著しく軽減されることになる。通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、客観的な取引価格が現れており、容易に換価される状況にあるという意味において、同様の状況にある他の納税者と相続人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき「特別の事情」がある。

裁判所の判断(地裁)

「札幌タワマン裁判」が判示したとおり、通達評価額と鑑定評価額との間に大きな乖離があるということのみをもって「特別の事情」があるということはできない。

本件では、被相続人および相続人らが相続税の租税回避目的で株式の売却を行ったとは認められない。

被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産を購入するような相続税回避行為をしていない限り、他の納税者と比較して租税負担に看過し難い不均衡があるとまでいうことは困難である。

株式売却価格相当額の現金ないし預金と本件とを比較すれば、納税額に不均衡にあるのは事実だが、これは相続財産を、相続開始日を基準日にして評価すること、財産の種類ごとに評価方法が異なること、通達においては現金以外の財産が時価相当額よりかなり保守的に評価されることに伴う不可避的な現象に過ぎない。いわば、非上場株式や不動産など、客観的な交換価値が明らかでなく、また個別性の強い財産を相続した者全員に当てはまることであり、租税回避行為のような作為が必要な、総則6項を適用する「特別の事情」にはならない。

裁判所の判断(高裁)

非上場株式の交換価値は、本来、専門的評価を経ない限り判明しえないものであるから、外形的事実によって非上場株式の交換価値を合理的に推測できるとは、必ずしもいえない。とりわけ、M&Aの売買代金は、高度な経営判断や交渉の結果によって決まるので、売買代金が客観的な交換価値を反映しているとは限らない。本件においても、譲渡予定価格(10万5,068円)と算定報告額(8万373円)が近く、通達評価額(8,186円)と乖離しているからといって、実質的な租税負担の公平に反するというべき「特別の事情」には当たらない。

「札幌タワマン裁判」にあったような、被相続人による相続税負担を免れるための行為が、本件にあったとは認めがたい。本件株式の評価額を引き下げるような行為がされたことはうかがわれない。

この事例では、実際にM&Aが行われ、相続後の時点ではありますが、評価対象となる株式の実際の取引価格が明らかとなっています。国税当局としては、相続の前後において売買の交渉がされた株式の取引価格が明らかになっているのだから、その担税力に見合う課税がされるのが、「実質的な租税負担の公平」に適うと考えたのでしょう。

しかし、一審判決では、札幌タワマン裁判で判示された「『特別の事情』がある場合にのみ総則6項の適用が認められる」という前提を置いた上で、一連のM&Aには租税回避行為の意図が認められないとして、「特別の事情」はなかったと認定しました。

また二審判決でも、一審判決と同様に租税回避行為が認められないとした上で、「(当局側は)株式の価値は売買代金相当額に反映されていると主張するもののようであるが、そのこと自体、専門家による判定を経ない限り明らかであるとはいえないし、とりわけ、非上場会社の買収においては、上場会社と比較して個別性が強いため、買収価格が交換価値を反映しているという経験則が存すると直ちにいうこともできない」として、M&Aにおける買収価格は時価とイコールではないとも判示しました。

本判決では、札幌タワマン裁判で示された「時価と評価額の著しい乖離のみでは、総則6項を適用する『特別の事情』には当たらない」という基準が判決の下敷きとなりました。

東京地裁令和7年1月17日判決~東京高裁令和7年6月19日判決

地裁判決では納税者側の主張が認められたものの、その後、高裁で国が逆転勝訴した事例です。

この事例で、相続人は、相続した自社株式について、通達で認められている評価方法のうち、類似業種比準方式と純資産価額方式の併用方式による評価を行って相続税の期限内に確定申告をしました。しかし、その後、2度の修正申告を行っており、2度目の修正申告においては株式等保有特定会社が純資産価額方式との選択で採用することができる「S1+S2方式」による評価で修正申告を行いましたが、さらに、この修正申告を当初の併用方式で評価するよう更正の請求を行いました。当局はこれを認めず、総則6項を適用して、純資産価額方式のみで評価すべきと判断し訴訟に至った事例です。当局は裁判で、相続直前に行われた新株発行によって相続税額が約49%減少したとして、いわゆる「株特外し」や「比準要素数1の会社外し」と呼ばれるスキームを使ったことが、総則6項を適用する「特別の事情」に当たると主張しました。

納税者(原告)の主張

相続税額の軽減割合は5割に満たず、税負担の著しい軽減があるとはいえない。

本件における新株発行や配当は、租税回避を主な目的とするものではなく、総則6項を適用するための「特別の事情」には当たらない。

国税当局(被告)の主張

被相続人は預金を株式に変え、その際に通達が定める「特定の評価会社の株式」に該当しないようにした。また、従来は自社株評価額の高い「株式保有特定会社」に該当していたところ、新株発行の決議および出資を行い、株式保有特定会社に当たらないようにした。結果として、相続税の負担が著しく軽減される結果となった。これらの新株発行等は、近い将来発生することが予想される相続において相続税負担を減じさせるものであること知り、これを期待して企画・実行されたものである。

新株発行等をしなかった場合の相続税額は、17億3,599万3,500円であったところ、新株発行等をしたことにより10 億9,328万1,000円まで引き下がる。その軽減の程度は札幌タワマン裁判よりも大きい。

本件で納税者は、相続開始の約3ヵ月前に証券会社を訪れ、相続税対策の相談をし、証券会社の担当者から、本件新株発行等を用いた相続税減税スキームについて提案を受けている。すなわち、本件の新株発行等は、相続税の負担を減じさせるものであることを知り、かつ、これを期待していたものである。

裁判所(地裁)の判断

新株発行等をしたことで、相続税額等が減少するものの、この減少は新株発行等によって直ちに生ずるものではない。評価通達が、純資産価額方式と併用方式の選択を認めていることに起因するものといえる。評価通達が、純資産価額方式と併用方式のそれぞれを合理的な評価方法として、納税義務者の選択に委ねている以上、総則6項を適用するかの判断に当たって重視すべきではない。

新株発行等により、相続税額が相当程度減少するとはいえ、減少の割合は5割未満にとどまる。一連の行為により、相続税の負担が著しく軽減されると評価することまではできない。

裁判所(高裁)の判断

相続税額の軽減割合が5割に満たないとしても、軽減される税額や割合を総合的に考慮すると、相続税負担は著しく軽減されたというべきである。

スキームを提案した証券会社との打ち合わせにおいて、納税者は節税したい希望を表明しており、その後の打ち合わせ内容も相続税対策がほとんどであることから、一連の行為が相続税の負担減を目的として行われたことは明らかである。

地裁、高裁ともに、事実認定は変わりませんが、納税者が行った「株特外し」や「比準要素数1の会社外し」と呼ばれるスキームを使ったことについて、地裁は総則6項を適用する「特別の事情」に当たらないとし、高裁では「特別の事情」に当たると、正反対の判断を下しました。

地裁では認定されなかった、新株発行等の一連の行為が相続税減額スキームと評価され、相続税が著しく軽減されたかどうかについて、軽減割合だけでなく軽減額も踏まえて考慮されたことが、高裁で判決がひっくり返った理由といえるでしょう。

総則6項の適用を巡る判断は非常に難しいものですが、地裁・高裁判決ともに、札幌タワマン裁判を下敷きとして、「特別の事情」が存在するかどうかが判断の分かれ目となることに変わりはありません。

なお、地裁判決では、「評価方法が異なれば、評価額に違いが生ずるのは当然」として、税額の減少は、そもそも非上場株式の評価方法として併用方式の選択を認めていることに起因すると判示しています。

結果として高裁で逆転判決が下されたものの、総則6項関連でも論点に上がることが多い、非上場株式の評価ルールについて一石を投じた判決となっています。

総則6項の適用基準

総則6項の適用基準

総則6項の適用基準は明文化されていないため、可否の境界線をはっきり引くことはできません。ただし、近年に積みあがった裁判例などにより、その判断基準を、ある程度推測することは可能です。

複数の裁判例から推し量る裁判上の判断基準は、以下のとおりです。

「札幌タワマン裁判」の最高裁判決により、総則6項は「時価と評価額の著しい乖離」のみでは適用が認められないことが明確化されました。判決では、その上で、「租税負担の公平に反する『特別の事情』がある場合には、総則6項を適用できる」としています。

続く「仙台薬局事件」の一審判決では、「結果的に時価と評価額に著しい乖離が生じたとしても、租税回避行為の意図がみられない」として、「特別の事情」を認めず、当局の主張を退けました。また二審判決では、「M&Aにおける譲渡価額は客観的評価を示すものではなく、譲渡代金と通達評価額に大きな乖離があったとしても、租税負担の公平に反する『特別の事情』に当たらない」との基準を示しました。

25年6月の高裁判決では、相続税額の軽減割合が5割に満たないとしても相続税負担が著しく軽減されたと認定した上で、証券会社との打ち合わせ内容などから、一連の行為が相続税の負担減を目的として行われたことは明らかであるとして、「特別の事情」があると認定しました。

これらのことから、総則6項は「『実際の処分可能価額としての時価』と『通達評価に基づく時価=評価額』の著しい乖離」に加えて、実質的な租税負担の公平に反する「特別の事情」がある場合に適用されるとするのがその判断基準と言えると思います。「特別の事情」があるかを判断するにあたっては、納税者に租税回避行為があるかどうかなどが検討されることとなると考えます。

【参考】「乖離率3倍」基準について

「時価と評価額の乖離率が3倍を超えていると、総則6項の適用対象となる」といわれることがあります。しかし過去の裁判例を踏まえると、乖離率が3倍を超えたからといって、総則6項の適用基準を満たすことにはなりません。

ただし、国税当局においては、乖離率が3倍程度を超えると総則6項を適用しうる事案として目を引くの可能性もありますので、「乖離率3倍」基準を頭の片隅に入れておいてもいいと思います。

22年4月の「札幌タワマン裁判」の最高裁判決を受けて、国税庁は、総則6項の適用基準についての全国の国税局に示しました。その内容は以下の3項目です。

総則6項の適用基準

基準1 評価通達に定められた評価方法以外に、他の合理的な評価方法が存在するか
基準2 評価通達に定められた評価方法による評価額と、他の合理的な評価方法による評価額との間に、著しい乖離が存在するか
基準3 課税価格に算入される財産の価額が、客観的交換価値としての時価を上回らないとしても、評価通達の定めによって評価した価額と異なる価額とすることに合理的な理由があるか

3つの基準のすべて満たさなければならないというわけではなく、3要素を踏まえて総合的に判断されます。

このうち2番目の基準について、「乖離率3倍」が一つの目安となっていると思われます。

総則6項を適用されないための注意点

総則6項を適用されないための注意点

総則6項を適用されないための注意点を考える上では、「裁判所による司法上の判断基準」と、「行政手続である税務調査で指摘を受ける判断基準」は、同じものではない、ということは理解をしておくべきです。

まず、裁判においては、複数の裁判例が出た現在では、「実際の処分可能価額である時価」と「通達の評価に基づく時価=評価額」がどれだけ乖離していたとしても、それだけで総則6項の適用が司法判断として認められることはないといえます。

乖離率よりも注意すべきポイントは、実質的な租税負担の公平に反する「特別の事情」があるかという点で、裁判においては、相続税対策のために何らかの租税回避行為があったと認められる「証拠」が大きく左右するとみられます。

紹介した裁判例のうち、納税者が敗訴した「札幌タワマン裁判」では、信託銀行の稟議書が判決に影響を与えた可能性が指摘されています。納税者が借入を申し込んだ際の銀行の内部稟議書に、「採上理由」として「相続税対策」のために不動産購入を計画している旨が記載されていたといいます。

また、25年6月の東京高裁判決でも、「株特外し」や「比準要素数1の会社外し」などの自社株評価額の引き下げスキームについて、納税者が証券会社と電話やメールを通じて連日のように協議を行っていたことが明らかにされています。その内容のほとんどが相続税対策の打ち合わせで占められていたことから、一連の行為が租税回避目的と認定されました。

こうした裁判例を踏まえれば、銀行の稟議書のようなタックスプランニングを計画した文書、メールなどは、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」が存在する判断材料となるでしょう。そこまでいかなくても、余命告知後や相続発生直前の借入金、相続発生直後の資産売却なども、租税回避行為を示す状況証拠として、その目的や背景などが詳しく検討されると思われます。

相続税対策を長期的に実行し、相続財産に関する取引について経済合理性を説明できるようにすることが、裁判で総則6項を適用されないためのポイントともいえます。

税務調査で総則6項を適用されないためのポイント

複数の裁判例が出たことで、総則6項を巡り、「特別の事情」があると認められないためのポイントは、ある程度可視化されてきました。税務調査の場面においても、司法判断を踏まえ、「『処分可能価額としての時価』と『通達の評価に基づく時価=評価額』の乖離」だけでない、租税回避行為の有無などが詳しく検討されることになるでしょう。

とはいえ、税務調査の段階では、このふたつの時価の乖離の大きさが引き金となって、総則6項の適用対象となり得る可能性はゼロではありません。裁判で敗訴が続いたとはいえ、明らかな金額の乖離がそこにあるなら、租税負担の公平を図るべきと考える当局が総則6項を適用することは、あり得ます。

裁判の結果がどうあれ、法廷闘争に発展した時点で、体力、費用、時間など多大なコストを強いられるのは間違いありません。そのため、重要なのは、調査の段階で国税当局に総則6項の適用を検討されないよう、事業承継対策として実行した取引や、相続税評価に当たって採用した評価方法について、単なる株価対策として捉えられない目的や経済的な合理性を説明するため、事前の準備をしっかりと行うことが重要です。

これらの論点を踏まえて、税理士などの専門家としっかりとした打ち合わせを行い、税務調査の場面で、調査官に対して説得できる材料をそろえておきましょう。

総則6項の適用実績

総則6項の適用実績

年分(事務年度)

件数
2012 0
2013 1
2014 0
2015 2
2016 0
2017 4
2018 0
2019 1
2020 1
2021 0
2022 6
2023 11

総則6項の適用実績は、かつては年間1~2件ほどで推移してきました。

その後、「札幌タワマン裁判」で国税当局が勝訴して以降、適用件数は急増しています。ただし、「仙台薬局事件」に敗訴したことで、今後は当局が再び慎重姿勢になることが予想されます。とはいえ、注意が必要なことに変わりはありません。

総則6項は納税者にとって必要な場合も

総則6項は納税者にとって必要な場合も

総則6項は、納税者にとって相続税対策に対する否認リスクとして捉えられがちです。しかし、そもそもこの規定は、「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」という規定であり、納税者にとってマイナスの場合だけに適用されるとは限りません。

例えば、地盤沈下や液状化といった、地価調査の際に顕在化していなかったリスクが報道されることにより、実際の取引価格が地下より著しく低下しているケースでは、総則6項によって納税者が救済される可能性があります。

納税者側からすると、何かと悪者扱いされがちな総則6項ですが、こうしたプラスの側面があることにも目を向けて考えたいものです。

総則6項の見直しはあるか

総則6項の見直しはあるか

近年、裁判で総則6項の適用が退けられるケースが相次いでいることから、総則6項の適用基準などを見直すべきとの声も少なくありません。しかし、総則6項はあらゆるケースに対応するため、あえて基準を明文化しない包括的な規定であり、適用の可否についても個別性が高いことから、今後も明確な適用基準は設けないと思われます。

一方で、総則6項を巡る裁判で多く取り上げられる、非上場株式の評価ルールについては、今後見直されるかもしれません。税の無駄遣いを指摘する会計検査院は、2024年11月に公表した報告書で、複数の評価方式から選択適用できる現行のルールを「公平性が必ずしも確保されているとはいえない」と指摘しました。時価というものが存在せず、個別要因の強い非上場株式のルールを策定するのは非常に難しく、実現までには厳しい道のりが想像されますが、今後見直される可能性はゼロではないでしょう。

出典:会計検査院「13.相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価(特定)」

まとめ

まとめ

相続税の財産評価基本通達に規定された総則6項は、明確な適用基準がないため、納税者にとって予見可能性が低く、否認リスクとして捉えられているのが現状です。

しかし、近年になって総則6項を巡る複数の裁判例が積み重なったことで、ある程度の適用基準を推し量ることは可能となっています。

ポイントとして、実質的な租税負担の公平に反する「特別の事情」があると認定されないよう、相続税額を減少させるに至った取引などについて、租税回避行為が主目的と判断されないよう、取引の経済合理性をしっかり説明できるようにし準備していくことが重要です。

また、総則6項が納税者にとって有利に働く可能性があることにも目を向けたいところです。