「雇用」と「委任」にみる法的断絶

まずは役員報酬の特徴を理解するために、「役員」と「従業員」の、会社との間における法的な契約形態の違いについて見ていきます。会社の業務においては一体として機能していますが、両者は、民法および会社法の規定上、法的には全く異なる立場に置かれています。
従業員給与:労働の対価としての「有償契約」
従業員と会社との関係は「雇用」の関係にあり、その給与は、会社との間で締結された「雇用契約」に基づき支払われます。 民法第623条では、雇用について以下のように定めています。
民法 第623条(雇用)
雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
すなわち、雇用契約とは「労働力の提供」と「対価(報酬)の支払い」がセットになった、典型的な「有償双務契約」です。従業員は使用者の指揮命令下で労務を提供する義務を負い、その対価として当然に給与を請求する権利を持ちます。労働基準法等による厚い保護も、この従属性を前提としています。
役員報酬:信頼に基づく「原則無償」の委任契約
一方、取締役などの役員と会社との関係は「委任契約」に基づきます(会社法第330条)。 そして、雇用契約との違いですが、民法において委任契約は、原則として「無償」であるとされています。
民法 第648条(受任者の報酬)
受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
委任とは、当事者間の個人的な信頼関係を基礎として事務処理を任せる契約であり、ローマ法以来の伝統として、報酬を伴わないのが原則でした。
現代の企業経営において、無報酬で役員を務めることは稀ですが、法形式上は「特約(株主総会の決議や定款の定めなど)がない限り、役員は報酬を請求できない」という構造になっています。役員報酬は、労働の対価として当然に発生するものではなく、株主からの特別な授権によって初めて発生する性質のものなのです。
会社法が要請する「株主と経営者の利益相反の防止」

会社法第361条は、取締役の報酬等について、定款に定めがない場合は株主総会の決議によって定めなければならないと規定しています。これは、経営の委任者である株主が、受任者である取締役への対価を自ら決定するという原則(原則無償に対する特約の付与)に基づくものです。
このルールの主旨は「株主と経営者の利益相反の防止」にあります。もし、役員が自分たちの報酬を自由に決められるとすれば、会社の利益を害してでも高額な報酬を得ようとする思惑が働きかねません。これを防ぐため、会社法では、役員の報酬について委任者でありオーナーでもある株主の意思決定機関としての株主総会の決議事項としているのです。
株主総会では「取締役全員の報酬総額の上限(枠)」を決議し、個別の配分は取締役会に一任するという方式が採用されることが多いですが、これも「役員報酬の総額」というキャップをはめることで、株主利益を保護するガバナンスの一環です。
日本独特のキャリア形成と認識のギャップ

ここで、「役員報酬」と「従業員給与」の法的な建前と長年続いた日本企業の雇用慣行に基づく、実態面での認識ギャップについて、欧米諸国とのキャリア形成との違いにも触れながら、見ていきましょう。
欧米にみる「プロ経営者」モデル
欧米諸国では、経営者は「プロフェッショナル」として外部から招聘されるケースが一般的です。彼らは株主から経営を委任された受託者(プロ経営者)として明確に位置づけられ、従業員とは非連続な存在として扱われます。したがって、契約社会の通念として、委任契約に基づく経営上の責任と、それに見合う報酬の厳格さは当然のものとして受け入れられます。
日本の「内部昇格」モデル
一方、日本企業、特に伝統的な中堅・大企業においては、新卒で入社した従業員が年功序列の階段を上り、その延長線上で役員に就任する「内部昇格」が長らく一般的でした。
このモデルにおいて、役員報酬はしばしば「賃金の到達点」として認識されます。昨日まで部長(雇用)だった人物が、今日から取締役(委任)になったとしても、「労働法で守られた労働者」から「重い法的責任(善管注意義務等)を負う役員」へ、法的な身分が切り替わったという実感は、希薄になりがちです。この日本独特のキャリア形成の環境が、役員報酬の法的な厳格さに対する理解を妨げている側面は否めません。
| 種類 | 役員 | 従業員 |
|---|---|---|
| 契約形態 | 委任契約
(原則無償) |
雇用契約
(有償双務) |
| 報酬決定 | 株主総会等の決議が必要 | 就業規則・賃金規程に基づく |
| 適用法律 | 会社法・民法 | 労働基準法・労働契約法等 |
| 法的保護 | 原則なし | 解雇規制など厚い保護 |
役員報酬の税務上の位置付け

ここから、実務上、重要な論点である税務上の取り扱いについて、解説します。法人税法において、役員報酬(法令上の用語は「役員給与」)は、従業員給与と明確に区別され、損金算入に一定の要件が設けられています。
税法上の「みなし役員」
役員報酬の税務上の取り扱いを正しく理解する前提として、まず「誰が税法上の役員に該当するのか」という定義を確認しましょう。というのは、会社法における「役員」と、法人税法における「役員」の範囲は、必ずしも一致しないためです。
会社法では、株主総会で選任された取締役、会計参与、監査役などが「役員」です。しかし、法人税法においては、こうした登記上の役員でなくとも、実質的に法人の経営に従事している者を「みなし役員」として扱う規定が存在します。
具体的には、たとえ「相談役」「顧問」といった肩書きであっても、その実態として、経営の意思決定に参画している実態があれば、税務上は役員として扱われます。
「みなし役員」に支払われる給与は「役員報酬」となり、「従業員給与」とは認められません。
なぜ損金算入が制限されるのか
従業員給与は、労働の対価として、原則全額が損金に算入されます。しかし、役員報酬については、法人税法第34条により損金算入に一定の制限がかけられています。
法人税法 第34条第1項(役員給与の損金不算入)
内国法人がその役員に対して支給する給与のうち次に掲げる給与のいずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。(後略)
役員報酬の損金算入が制限されている理由は、以下の二つに集約されます。
- 企業における所得調整の防止
- 過大報酬の抑制
企業における所得調整の防止
役員は会社の日常業務について意思決定をする機関であり、自分たちの報酬を操作することで、課税所得をコントロールできてしまいます。
例えば、もし、役員報酬が何の制約もなく損金算入できてしまうと、事業年度末に想定以上の所得が出そうになった際、決算賞与を役員に支給することで、法人税を減らすことが可能となります。
そこで、課税の公平性の観点からは、役員報酬に関して損金算入に一定の要件を設けることで、こうした所得調整を防ぐ必要があると考えられています。
過大報酬の抑制
不相当に高額な役員報酬は、実質的には「利益の配当(課税済みの利益からの分配)」であるにもかかわらず、「損金(税引前の経費)」として処理することで、不当に法人税の負担を軽減する行為と見ることもできます。
法人税法では、このような「隠れた利益処分」を防ぎ、課税の適正性を守るとの立場から、妥当性を欠く高額報酬を損金として認めない規定をおいています。
損金算入が認められる「3つの例外」
| 種類 | 主な要件 | 備考 |
|---|---|---|
| 定期同額給与 | ・支給時期が1ヵ月以下の一定期間ごと
・事業年度の各支給額が同額 |
・期首から3ヵ月以内の改定や業績の著しい悪化などを除き、期中の変更は不可 |
| 事前確定届出給与 | ・いつ誰にいくら支払うかを株主総会等で決議し、事前に税務署へ届け出
・届け出どおりの金額を支払う |
・業績不振による減額でも損金不算入となるリスクあり |
| 業績連動給与 | ・客観的な経営指標に基づき算定
・算定式や内容を有価証券報告書等で開示 |
・有価証券報告書による算定根拠の公表義務があり、非上場企業での採用ハードルが高い |
原則として、これら3つの類型のいずれかに合致しなければ、損金算入されません。
それぞれについて、解説します。
1.定期同額給与
役員報酬として、最も一般的な形式です。事業年度を通じて、毎月「同額」を支給するものです。定期同額給与の要件は、支給時期が1ヵ月以下の一定期間ごとであり、かつ、事業年度における各支給額が同額であることです。
定期同額給与は、「毎月同額」という制約を設けることで、期中の業績変動に合わせて利益調整を行う余地を排除しています。期首から3ヵ月以内の改定や、業績の著しい悪化などの特殊事情がない限り、期中の変更は認められません。
2.事前確定届出給与
いわゆる「役員賞与」を損金にするための仕組みです。
「いつ」「誰に」「いくら」支払うかを、あらかじめ株主総会等で決議し、その内容を届出期限までに税務署へ届け出ることが要件です。
3.業績連動給与
近年、コーポレートガバナンス・コードの導入と共に注目されているのが、業績連動給与です。業績連動給与の損金算入要件は、利益や株価などの客観的な指標に基づいて算定され、その算定式や内容が有価証券報告書等で開示されていることです。
報酬額決定および開示のプロセスにおいては、高い透明性と相応の事務負担が求められます。そのため、一般的な中小企業にとっては導入のハードルが極めて高く、この仕組みを採用する際に、損金算入する余地はないのが現状です。そのため、上場企業などがこの法令の主な対象となっています。
「過大役員報酬」の否認リスク

役員報酬の税務を巡る重要な論点として、これまで説明してきた形式的要件をたとえ満たしていたとしても、税務上のリスクは残ります。それが「過大役員報酬」の規定(法人税法第34条第2項)です。
役員報酬額が「不相当に高額」であると判断された場合、超過部分は損金として認められません。何をもって「過大」とするかについて明確な算定式はありませんが、実務上は以下の要素を総合的に勘案して判定されます。
- その役員の職務内容(代表権の有無、常勤・非常勤など)
- 会社の収益状況(売上高、利益率など)
- 従業員の給与水準
- 同業他社・同規模法人の役員報酬水準
特に、4点目については、税務当局が保有するデータと比較されるため、企業側にとっては予見可能性が低い論点といえます。
役員報酬額が「不相当に高額」であるかは、基準が明示されていないため、税務調査などにおいて、最も議論になりやすい論点の1つです。近年も泡盛製造メーカーや味噌製造業者が役員報酬額の妥当性を問われ、裁判に発展しました。
泡盛製造メーカーの事例(最高裁棄却)
全国的に名の知られた泡盛の製造業者の役員報酬を巡る事例です。
同社は、業界平均を大きく上回る収益を上げた代表者の才覚と営業努力を評価し、2007年から2010年にかけて、高額の役員報酬を支給していました。これに対し、国税当局が「類似法人比準方式(平均値との比較)」を適用し、平均を超える報酬額を過大として損金算入を否認した事例です。
裁判所は、一律に平均値と比較する「類似法人比準方式」の限界を指摘し、当該役員には、会社の高収益をもたらした特殊な職務内容や、個別の貢献度を認定。類似法人の平均値を超える報酬であっても、一定の範囲までは正当であるとの判断を示しました。
一方で、同社の主張のすべてが認められたわけではありません。裁判所が認めた「適正額」を超えた部分については、過大であるとして、損金算入が否定されました。
味噌製造業者の事例件(最高裁棄却)
役員報酬の過大性を巡り、約19億円の損金算入が否認された事例です。
味噌などの製造販売を行う業者が、代表取締役とその弟に対し、2012年から2016年にかけて、合計約22億7,800万円という巨額の役員報酬を支給しました。しかし、同社の売上高や売上総利益が減少傾向にあったにもかかわらず、報酬が大幅に増額されていたことなどが問題視されました。
国税当局は、同業類似法人の平均支給額を基礎とした適正額を超える部分は「不相当に高額」であるとして損金算入を否認しました。裁判所もこの判断を支持し、海外の新規事業への貢献などを主張する納税者を退けました。
役員報酬の法的位置付けの歴史的変遷

最後に、なぜこのような複雑な役員報酬のルールができたのか、歴史的な経緯を振り返ります。背景には役員報酬の「利益処分説」から「費用説」への変遷があります。
旧商法時代の「利益処分説」
2005年以前の旧商法時代、役員報酬は「利益の処分」として捉えられていました。すなわち、役員報酬とは「会社が稼ぎ出した利益の中から、株主への配当と同様に分配するもの」という考え方です。
この説に立てば、役員報酬は利益計算後の分配であるため、そもそも損金(費用)としての性格を持ちません。したがって、かつての税法でも、役員報酬は原則として損金算入が認められていませんでした。
会社法制定と「費用説」への転換
2006年の会社法制定および会計基準の変更により、役員報酬は利益の処分ではなく、「経営という役務提供に対する対価=費用」であるとする「費用説」が主流となりました。
会計上の「費用」であるならば、税務上も「損金」として認めるのが自然な流れです。しかし、税務上も完全に費用説に転換してしまえば、前述の「株主と経営者の利益相反」や「所得調整」が行われ、課税の公平を損なう懸念があります。
利益処分説と費用説のハイブリッド
そこで、2006年度税制改正において導入されたのが、現在の仕組みです。「役員報酬は費用(損金)である」という費用説の立場を認めつつも、課税の公平性を保つために「定期同額」「事前確定」「業績連動」などの要件を設けました。
いわば現在の役員報酬税制は、「会計理論上の費用説」に「課税の公平の確保」という要請を調和させるための政策であるといえるでしょう。
まとめ

本稿では、役員報酬制度の基礎として、以下のポイントを解説しました。
- 役員報酬は民法上の「委任契約」に基づき、原則無償の文脈にあるため、株主総会決議などの厳格な手続きを要する。
- 税務上、役員報酬は所得調整に使われやすいため、損金算入には「定期同額」「事前確定」「業績連動」のいずれかの要件を満たす必要がある。
- 現在の制度は、旧来の「利益処分説」から「費用説」への移行期に生まれた形式基準を持つ体系である。
これらの法制度の整備により、現在では、役員報酬は単なる「地位への対価」だけでなく、企業価値向上へのインセンティブとしての機能を期待されるようになっています。特に上場企業においては、「業績連動給与」や「株式報酬」を駆使した報酬設計が進んでいます。
しかし、一方で、損金算入要件をクリアできない非上場企業においては、役員の経営努力に対する正当な対価支払いが実現できず、結果として日本全体の競争力を削いでいる懸念があります。
次回は、日本における業績連動給与の普及過程を辿りながら、業績連動報酬を巡る上場企業と非上場企業の制度的な非対称性について、その構造的な問題点を検証します。



