はじめに

2025年(令和7年)12月19日、与党により「令和8年度税制改正大綱」が発表され、同月26日に閣議決定されました。今回の改正は、日本の暗号資産(仮想通貨)市場にとって、大きな転換期となる内容を含んでいます。
具体的には、課税方式について、長年投資家から要望されていた「申告分離課税方式」へ移行されることが明らかにされました。これに加えて、滞納処分手続きなどにおいて、適正な税務執行を可能にする徴収手続の整備も行われました。
本記事では、これらの具体的内容と改正の背景について、公表資料に基づき、解説します。
暗号資産を巡るこれまでの法制度や税務上の経緯については、前回記事で詳しく解説しています。併せてご覧いただくことで、より理解が深まるかと思います。
申告分離課税の導入と損失繰越控除

暗号資産の所得に対する課税方式が、これまでの「総合課税」から、上場株式等と同様の「申告分離課税」へと抜本的に変更されます。
改正の具体的内容
改正の対象は、金融商品取引業者登録簿に登録されている業者を通じて取引される「特定暗号資産」に限定されます。
特定暗号資産の「現物取引」「デリバティブ取引」および今後組成可能となる「ETF(上場投資信託)」から生じる所得について、一律20%(所得税15%+住民税5%)の申告分離課税が適用されます(別途、復興特別所得税が付加)。従来の総合課税では、他の所得と合算して最大55%の累進税率(別途、復興特別所得税が付加)が課されていたため、大幅な負担軽減となります。
また、特定暗号資産の取引で生じた損失は、その年の他の特定暗号資産に係る所得と損益通算できます。ただし、給与所得など他の所得区分との損益通算は認められていません。また、現時点では、株式譲渡所得やFXの利益との損益通算もできない見込みです。
加えて、その年の所得計算で控除しきれない損失がある場合、翌年以後3年間にわたって、特定暗号資産の所得から差し引くことが可能になりました。
その他、適正な申告を担保するため、暗号資産取引業者等には、利用者の取引内容を記載した「報告書」を翌年1月31日までに管轄の税務署へ提出することが義務付けられます。
これらの改正は、関連する金融商品取引法の改正施行を前提とし、施行日の属する年の1月1日以降の取引から適用される予定です。
なお、登録業者を介さない取引や、特定暗号資産に該当しない資産の譲渡は、引き続き総合課税の対象となります。この場合、通常の譲渡所得に認められる特別控除額や損益通算の特例などは適用されません。
既に保有している暗号資産の取り扱い
すでに保有している暗号資産についても、新ルールの適用日以降に、売却や決済、他の暗号資産との交換といった所得が発生する取引を行った場合、新ルールが適用されることになります。
改正に至る背景
これまで、暗号資産による所得は、原則として「雑所得」に分類され、最大55%の税率が課されてきました(別途、復興特別所得税が付加)。また、損失の繰越も認められないため、ボラティリティの激しい市場において、投資家に過度な税負担が生じやすい構造となっていました。
投資家や業界団体からは、こうした制度が「日本のデジタル市場の発展を妨げている」と継続的に指摘されてきました。今回の改正は、こうした市場の実態や、国際的な競争力を考慮した結果といえます。
与党税制改正大綱には、「暗号資産の資産形成に資する金融商品として位置付けは、デジタルエコノミーの進展にもつながる」と書かれています。国として、暗号資産市場の振興に期待を寄せていることがうかがえます。
「決済手段」から「金融商品」へ
今回の改正における最大のポイントは、暗号資産を資金決済法上の「決済手段」という枠組みから、金融商品取引法(金商法)上の「金融商品」に類するものとして再定義した点にあります。
日本では2017年(平成29年)の改正資金決済法により、暗号資産が「決済手段」として位置付けられました。しかし、経済的な財産価値を有しながら財産としての法的な裏付けが「決済手段」に留まっていたことが、課税上のあいまいさを生む一因となっていました。
今回の改正により、金商法上の金融商品として明確に定義されることで、株式等と同様の税制を適用する理論的な整合性が図られたといえます。
徴収手続の整備(特定電子移転財産権の差押え)

暗号資産の取引を活性化する見直しが行われる一方で、適正な納税を確保するための強制執行手続についても、大幅な見直しが行われます。デジタル資産特有の性質を利用した課税逃れを防止するのが狙いです。
改正の具体的内容
「特定電子移転財産権」に対する新たな徴収手続が創設されます。この「特定電子移転財産権」とは、ブロックチェーン等の電子的ネットワークを通じて移転可能な権利のことで、暗号資産を含みます。
納税者が国税を滞納した場合、税務当局が暗号資産を差し押さえることができる権限が法律上明確化されました。これまで国税徴収法が定める「財産」の定義には、ブロックチェーン上の資産が明示されておらず、実務上の課題となっていたためです。
さらに、税務当局による直接の差押えが困難な場合、滞納者等に対して、指定するウォレット等へ暗号資産を移転するよう命じることができるようになります。
差押え(処分禁止)の効力は、移転命令が滞納者等に告知された時点で生じ、告知以降、滞納者は暗号資産の売却、送金、隠匿が法的に禁止されます。
なお、これらの命令に従わない場合、「3年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金」等の刑罰が科されます。
これらの徴収手続に関する改正は、2027年(令和9年)4月1日からの施行が予定されています。
改正に至る背景
暗号資産は従来、資金決済法上の「決済手段」として扱われてきました。そのため、国税徴収法における差押え対象財産の定義に該当するものがなく、徴収手続の整備が遅れていた実情があります。
それでも、暗号資産交換業者に預けている資産であれば、業者に対する「債権」を差し押さえることが可能でした。しかし、個人の「コールドウォレット」等で自己管理されている資産については、税務当局が強制的にアクセスする手段が乏しい状態が続いていました。
今回の改正は、暗号資産を金商法上の金融商品として位置付けるのと歩調を合わせ、その「財産」としての性質を明確化し、実効性のある差押え手続きを確立することを目的としています。
命令と罰則による強制力
技術的な側面から見れば、滞納者が「秘密鍵」を保持している限り、税務当局が強制的に暗号資産を奪うことは依然として困難です。そこで今回の改正では、物理的な奪取ではなく、法律上の「移転命令」と、それに反した場合の「刑罰」を導入することで強制力を持たせています。これは、命令に従わないこと自体に刑事罰を科すことにより、納税者に対して強力な心理的・法的な抑止力を働かせる狙いがあるといえます。
また、命令告知時点で差押えの効力が生じるため、告知後に暗号資産を移動させた場合、たとえ技術的に送金が可能であっても「差押財産の隠匿・処分」とみなされ、さらなる刑事罰の対象となるリスクが生じることになります。
まとめ

令和8年度税制改正大綱により、暗号資産は日本の金融システムにおける「金融商品」として正式な市民権を得たといえます。
具体的な改正内容は、投資家へのメリット(分離課税・損失繰越)と、コンプライアンスの強化(報告書提出・徴収手続の厳格化)という二面性を有しています。これらは、市場を健全に育成するための振興策と、法の公平性を守るための規律という、暗号資産を巡る制度の両輪として機能することが期待されます。
いずれにせよ、暗号資産を巡る諸制度の整備が進むなかで、正しい知識に基づいた適正な申告納税の重要性は、これまで以上に高まっていくでしょう。



